林檎未だ腐らず

マッキントッシュを横目に見てきた過去

ここで言う林檎とは、アップルコンピュータのことです。この会社は、IBMよりも早くから個人用のコンピュータを作っていました。1977年に発売されたApple II というマシンを触ったことのある人も居ると思います。私が初めて触れたパソコンは、大学の先輩が組み立てたApple II クローンでした。ちなみに、IBM*PCが誕生するのは1981年です。しかし、アップルの一枚看板と言えば、1984年生まれのマッキントッシュでしょう。このマシンはとにかく斬新でした。GUIしか搭載しないこと。そして、そのGUIの使いやすさ。

そして、同年に生まれたIBM*PC/ATの仕様がとにかく泥臭いのに対し、極めてスマートな設計思想と先進性に富んだ仕様はとにかく魅力的でした。GUIの出来の良さの他にも、1986年のMacintosh Plus にみられるSCSIポートの標準装備、1987年のMacintosh II にみられるNu Busスロット内蔵など、先進的な仕様はため息ものでした。CPUに隷属するに過ぎず、ウェイトサイクルも多くて、何なんだ、これは!、と叫びたくなるPC/AT Busに対し、Nu Busの仕様は実にスマートなのです。私の頭の中には、マックと言えばSCSI、マックと言えばNu Busと言う頭が出来上がってしまいました。II vx 、II vi といった機種は、その意味でもっともマックらしいマックと言えそうです。

当然のことですが、マッキントッシュは筆者にとってもすぐに憧れのマシンとなりました。しかし、このマシン、とにかく値段が高かったのです。Lisaの200万円台(日本での価格)は論外としても、60-100万円は覚悟しないといけませんでした。1986年当時月給が18万円の研修医に買える代物ではありません。結局、1987年にパーソナルコンピュータがどうしても欲しくなった時に購入したのは、IBM-PC/AT互換機でさえない、PC*9801UV11でした。18万円だったと思います。

一度道を外れてしまうと、PC-9801でしか使えないアプリケーションと、データが溜まってしまい、異機種への移行が難しくなります。まして、当時はクロスプラットフォームのアプリケーションなどはほとんどありません。非互換機の非互換アプリケーション、例えばNEC版MS*DOSでしか動かない「一太郎」や「花子」(ともにジャストシステム)などが幅を利かせていた時代です。こうしたアプリケーションを使ってしまうと、IBM-PCへの乗換えさえ困難になります。まして、マックなど…。

しかし、マックのGUIは極めて魅惑的な世界です。エクセルだって、最初はマックのアプリケーションだったのです。当然、IBM系のPCでもGUIを使いたくなります。大学で散々CUIの権化のようなCP/M-86をいじってきて、CUIに慣れていた筆者でも、マックのGUIは羨ましい…。マックを買えない人間の期待は、当然MS*Windowsに向かいます。筆者は駄目と分かっていても、無理してWindows2.1をPC-9801RXやRAに入れたりしていました。しかし、NECの非力なマシンではWindowsはまともに動きません。結局、台湾製のPC/AT互換機でWindows3.0に乗り換えたのが1991年11月でした。

この時点でマックへの乗り換えは当然考えました。しかし、1991年と言えば、Quadra900が最上位機種になる時期です。そして、この機種は余りにも素晴らしいお値段でした。そして、過去のデータの蓄積はこの時点ではあまりに重かったのです。その後もマックの動向には常に目を光らせてきました。特に、1993年のQuadra650、Quadra800には心を動かされました。

しかし、Windows95の登場で、マックOSのGUIとしての優位性がだいぶ怪しくなってきたようでした。この頃から、アップルは精彩を失ったように見えました。マックと言うマシンが魅力を失って行くようで、アップルは倒産するのでは、とさえ感じられました。この頃から、マックとIBM系のマシンの内部の差異を感じ取ることが難しくなりました。PCIバス、IDEのハードディスク。PC/AT互換機で揉まれた、コストパフォーマンスの高い規格がマックにも採用されていきます。そして、Windows98でついにマルチモニターがサポートされ、マックの優位性は崩壊したかに見えました。

アップルはついにマイクロソフトの助けを受ける事態に陥りました。しかし、アップルはPCのデザインの面ではまだまだスタイリッシュなマシンを出す力があったようです。1998年にデビューしたiMacが大当たりしました。この初代iMacは、内部の仕様はともかく、スタイルの面では斬新かつ愛らしいマシンでした。「愛マック」などと言う人が出てくるくらいでした。 アップルの危機が去ったかに見えた1999年。iMacの成功に気を良くしたのか、青いパワーマックG3が登場します。しかし、私は、このマシンに失望しました。PCIバスは、インテルの力作の規格で、優れた点の多いバス仕様なので良いとして、IDEのハードディスクがすでにマックでも主役になっていることを悟りました。しかし、UltraATA規格になってもなお、SCSIに比べればCPUの負荷がかかり、フルSCSIマシンの存在意義は失われていませんでした。それなのに、最上位機種にのみ生き残ったSCSIポートの転送速度の遅いこと!アップルのマシンから独自性と言う文字が消えてしまい、AT互換機と同じような仕様になってしまった…。筐体も、ただのタワー型のPCにしか見えません。

ついに筆者はアップルのマシンに対する興味を完全に失いました。そして、中古のPCをリナックスで復活させる方に興味が移り、DebianやRedhutなどのLinuxディストリビューションに関心を向けました。そして、PC-UNIXの堅牢性と、インターネットサーバーとしての適性に惹かれる時期が続きました。いつしか、マックとは対極のUNIXの世界にどっぷり漬かっていたのです。もちろん、Windows2000で安定性を増したWindowsも評価していましたから、マックの出番はなくなっていたわけです。しばらくはUNIX系OSとNT系OSの世界に安住するかに見えました。ところが…。

新型iMacとマックOS Xの登場

このようなウェブサイトをやっておりますと、異なるプラットフォームで自分のサイトがどう見えるかが気になるものです。2001年11月、サイト全体のHTML4.01準拠への書き替えがほぼ終了。マックな人も6から8%は来ているようで、その人たちに自分のサイトがどう見えているか気になってきました。そこで、ウェブサイトの表示確認用に中古のiMacでも買おうかと考えておりました。ウェブの確認用なら、最低限、ネットワークに繋がればいい、そこで、アップルのサイトを覗き、iMacがまだ製造されているかどうか確かめることにしました。

ところが、そこで目にしたのは、新型iMacが出る!との広告でした。電気スタンドを思わせる斬新なデザイン。これは!と思いました。ディスプレイがこれだけ動けば、寝っ転がっても使えそうです。そして、OSX。UNIXベースで、マックOS初の本格的マルチタスクOS。安定性抜群。そして、SMBプロトコルのサポート。これで、マックとWindows、UNIXとのデータ交換はネットワーク経由で一発!爆弾とSMBプロトコルの非サポートがマックの弱点だったのに、これでは最強のOSではないか!

マックから目を離していた隙に、こんなとんでもないものが出来ていたとは…目からうろこが落ちた重いでした。頭の中で、事態を整理しようと必死です。出てきた結論は、「BSD系のOSで、POSIX準拠であるDarwinに、Aquaインターフェースを載せた、Nextstep風のOS。マックの皮を被ったUNIX。」というものでした。

とにかく、これで、Windowsからのデータの移行を心配する必要もなさそうです。結論は30分で出ました。「これは買いだ。」

そして、マックOSを名乗るからには、単なるUNIXマシンには留まらないだろう。これでUNIX、Windows、マックの完全制覇だ、ついにマックを手に入れるのだ、18年に及ぶ、長かった様子見はもう終わりだ、そんな感慨に浸ったのです。

新型iMacでマックOS Xを触ってみる

とにかく、人気が出そうなのは明らかでしたから、Apple storeに注文を出しても6週間は来ないな、と覚悟していました。しかし、2週間で届き、早速開封。セットアップは非常に簡単。すべてがビルトインされているからiMacなのですから、当たり前です。

さて、使おう。ところが、マニュアルにマウスの使い方が書いてないのです。とにかく、スタートアップさえできれば、あとは適当にやってくれ、というわけです。オンラインヘルプも最低限のことしか書いてありません。 しかし、適当にマウスを動かしていれば、それなりにiTunesでもInternet Explorerでも使えてしまうのです。さすがは、マックです。マックの文化の一端に触れた思いがしました。

マックとは、余り詳しくごたごたと説明する前に、とにかくやってみたまえ、そうやりたいと思ったその操作が正解だ、そういう直感を重視する世界のようです。窓の世界のマニュアルに慣れた人にはかえって難しいかもしれませんが、ごちゃごちゃ言うな、マニュアルなんか見たくもない、面倒くさい、考える前にやっ てしまえ、という人にはこれ以上使いやすいコンピューターはないようです。

ただ、このままでは目的は達成できていません。まず、SMBプロトコルで、NTやSAMBAサーバーのファイルを見に行けることを確かめないといけません。また、SAMBAが入っていないので、どこかから持って来てインストールしないといけません。そして、Apacheの設定変更。これはさすがにインターネット上の情報を頼らざるを得ませんし、rootのパスワードを有効にして、httpd.confをterminal上のviで編集する、というUNIX上で慣れ親しんだ操作をしないといけません。しかし、UNIXの多少の経験があれば、さして困難ではなく、翌日にはiMac上でSAMBAもApacheもうまく稼動しておりました。iMacでも、ローカルサーバーには十分な性能があることがわかりました。 日常的な操作はマック譲りの易しいAquaインターフェースが担当し、システムの根幹に関わる部分はUNIXの知識を要求する、そして半可通がシステムを中途半端に壊さないようrootは容易には許可しない、というシステムの設計方針は、さすがアップルです。マック文化とUNIXの調和に見事に成功したアップルに拍手します。

もう30日間以上使いましたが、マックOS Xはリナックスの90%程度の安定性があるようです。少なくともウィンドウズ2000よりは安定です。アプリケーションは不安定なのもありますが、マックでシステムダウンが少なくなった、というのは感激です。マックにあこがれても手を出せな かったのは、マック名物、爆弾の存在が大きかったのですから。

アップル曰く、マックは誤解されているという

マックはビジネスには向かない、と長く喧伝されていました。そして、マックを横目に見ながら、18年間もマックに手を出せなかったのも、このことが原因の一つだったのです。

しかし、実際触ってみて、直感的操作を許してくれるという点では、今でもマックは一流でした。そして、マック上で動くウィンドウズエミュレーターが、揃いも揃って素晴らしい出来なのです。ウィンドウズXPをサポートしているのは当然、ウィンドウズ2000、ウィンドウズ98、リナックスなども同時に使え、さらにUSBプリンタのWindows用ドライバをインストールすることにより、印刷ができてしまうのはすごいことです。ウィンドウズ版のビジネスソフトはほとんどすべてOK、難点はダイレクト3Dがハード的にサポートされないことくらいです。マック版のソフトがこれだけ揃っていて、ウィンドウズ専用ソフトもカバーできていれば、新しいマックの死角はむしろゲームにある、ということになるかもしれません。

マイクロソフト分割問題を避けるためか、マイクロソフトがアップルにてこ入れをしており、マイクロソフトオフィスバー ジョンXを出したり、マック上のウィンドウズエミュに寛容だったりする皮肉な現状が背景にある気がします。

全体的には、確かにマックは誤解されている、とアップル社は主張していますが、確かにそういう面があるのは否めず、もう少しマックを評価してあげても良い気がします。

パワーマックG4も悪くない

現在、私は4台のマシンが稼動可能な状態で、Linux、Windows、Mac OS Xで運用しています。1台はインターネットに公開しているウェブサーバー、1台はクライアント専用のメインマシン、1台は余剰になったAT互換機、もう1台がローカルサーバーとiPodをホストするマシン(iTunesを走らせるために購入したiMac)です。これだけの用途のために、Power Mac G4を買うのは明らかにお金の無駄遣いです。

しかし、ウィンドウズマシンでできる仕事の98%がマックでできるのなら、メインマシンをマックに変えてしまい、余ったAT互換機をダイレクト3Dゲーム専用機にしてしまうことが出来ます。そうすれば、現在のメインマシンは買わずに、代わりにパワーマックG4の最上位機種1台(メモリ1536MB、デュアルG4でクロック1GHzというやけくそマシン)で全部まかなった方が、コストパフォーマンス 抜群の万能コンピュータが出来る、そうすればDELLもiMacも買わずに済んだわけです。

現在の構成
インターネットサーバー:Linux機(自作)
メインマシン:Windows機(DELL Precision 330 Workstation) – 420,000円
余剰(使い道なし):Windows機(自作)
今回追加したiMac – 280,000円

もしかしたらこちらの方が良かった?構成
インターネットサーバー:Linux機(自作)
メインマシン:Power Mac G4 – 540,000円
一部ゲーム用:Windows機(自作)

こう考えると、パワーマックG4のコストパフォーマンスも悪くありません。もっとも、RAIDを組むことを考えると、結局は同じくらいになるかもしれませんが…。あとは今のメインマシンのメモリがRambusメモリなのに対し、パワーマックは普通のSDRAMみたいなのですが、その辺がどう出るかです。パワーマックが3次メモリをあれだけ積んだのも、メインメモリが遅いからでしょうし…。

終わりに:林檎は腐っていなかった

2001年は日本だけでなく、アメリカにとっても不況と試練の年になりました。しかし、アップルはその中で業績を回復させ、魅力的な商品を出しました。iMacとMac OS Xは間違いなく人気を呼ぶでしょう。 今回、マックの歴史を復習しようと、アップルが過去に出した全機種の写真とスペックを調べました。PC/ATも魅力的なマシンですが、その歴史なんか調べようと思いません。それが、ユーザー歴たった35日の人間をして、マックの全機種の歴史を調べようという気にさせるのですから、マックというのはたいしたものです。アップルは製品に思想をこめる会社なので、それが琴線に触れるのだと思います。

林檎は腐っていなかった。アップルは復活し、マックユーザーは消滅の危機を免れた。ここしばらくは、安心してマックを使っていられそうです。