音楽療法が最近一部で注目されているようですが、「副作用がない」と言うことを堂々と言っている人がウェブ上でも割合多いのには首を傾げます。音楽によって起きる病気について調べてみましたら、「音楽性てんかん」のような激烈なものもありますし、そこまで行かなくとも、特定の作曲家/演奏家の音楽を聴くと頭痛や腹痛、胸部圧迫感、狭心症の発作*1を起こす例は意外にあるようです。それでその作曲家/演奏家を嫌いになってしまう、ということは自分自身も経験しますし、他にもそういう例はあるようなのですが、「音楽療法」の推進者たちは音楽自体が病気を引き起こす可能性に余り注意を払っていないような感じがします。
しかし、数は少ないですが、音楽の治療効果について解説されたサイトもありました。そのサイトによれば、異常なまでにある作曲家を好むか嫌うかする場合、注意が必要なのだそうです。どちらの場合も、その音楽は、無意識下にある心理的なこだわり(普段は抑圧されている)に触れているのだそうです。異常に好きな場合は、カタルシスになるから問題はないが、異常に嫌いな場合が特に問題だそうです。例えば、思想信条上の理由(ワーグナーはユダヤ人排斥を唱えていたそうです)以外で純音楽的にワーグナーが極端に嫌いな場合、その人は悪い意味でワーグナー的なことが多く、その人の深層心理で抑圧された、例えば過度の自負心があったり誇大妄想的だったりする部分にワーグナーの音楽が反応するのだ、というのです。
自分の欠点を投影して対象である音楽を嫌う、というのは臨床心理学で言う陰性転移のプロセスそのものですが、確かに音楽が情動的なものなら、そういうことがあってもおかしくない訳です。まるで精神分析みたいな話ですが。
こういう精神分析的な見方をしてしまうと、好きな音楽、嫌いな音楽を晒す行為は、自分の無意識の世界を白日の元に晒すのと同じことになってしまいます。つまり、自分はこういう人間だと言うことを表現してしまっているわけで、音楽の好き嫌いで人となりを判断されてしまっても、それはある程度仕方のないことかもしれません。
少し話がそれてしまいました。音楽療法の話に戻ります。音楽療法には基本的には、
- 受動的音楽療法:音楽を聴くことによる治療。
- 能動的音楽療法:音楽に合わせてからだを動かすなどの動作を行う治療法。
に大別されます。
能動的音楽療法は広い意味での運動療法やリハビリテーションとして行われる場合が多いようです。
しかし、ここでは音楽を聴くことそのものによる効果を狙う、受動的な音楽療法について考えます。
このとき聴く曲は、自分の気分に適合していて、心地よく感じるものから始めるのが良いようです。これを「同質性の原理」というそうです。つまり、音楽療法の最初のステップは、好きな曲を好きなだけ聴くのが基本、ということになります。たとえそれがデスメタルであろうと、その人にとってはそれで効果があるのかもしれません。ちなみに、私自身の場合は、鬱がひどい時はショスタコーヴィチの交響曲第13番の第1楽章、苛ついて破壊衝動が抑えきれない時はショスタコーヴィチの交響曲第11番の第2楽章が良いようです。落ち着いてきた時点で、次の段階で心身のコンディションを整える音楽を聴くようにします。いわゆる「癒し系の音楽」はこの時点ではじめて意味を持ちます。私の場合は、この段階まで来れば、ブルックナーの交響曲が良いようですが、音楽の効果は極めて個人的なもので、どの曲が適切かは人によって大きく違います。そのため、なかなか音楽療法は難しいのですが、音楽療法の実践家は精神医学や臨床心理学を知らず、医学者は音楽(あるいは音楽家)を知らない感じがします。
まかり間違えば音楽で病気になってしまうこともあるだけに、このあたりに音楽療法の難しさと、それを実際の患者に適用することへの不安が残ります。
そして、音楽療法の最大の問題点は、効果の測定が難しいことです。ダブルブラインドテストは原理上不可能ですし、前向き研究はおろか、まともな症例対照研究もほとんど無いようです。
他の芸術療法に比べれば、音楽療法士の資格認定機関があるだけ治療法として評価が確立されている方なのかも知れませんが、それでもまだまだ問題はありそうです。音楽療法自体がストレスになって出席者が居なくなってデイケアが不可能になった例も聞きますし、むやみにやれば良いというものでないことだけは確かです。
*1 狭心症の発作:昨日、自分の習作で胸部苦悶感を起こしてしまったのも音楽による狭心発作の誘発だったのかもしれません。