所得税のN分N乗方式について考えてみる

少し前の話で申し訳ないのですが、「猫研究員の社会観察記」さんの3月7日付のエントリーに、「所得税、N分N乗方式導入のすすめ-少子化対策の一環として」と言う記事がありました。N分N乗方式というのはいろいろな場合に使うことが出来る課税方式ですが、ここでは所得税を対象に世帯人数をNとして適用するものです。同記事の説明を拝借いたしますと、

まず、世帯の所得を構成人数(N人)で割り一人当たり所得を算出する。そこから所得控除して課税ベースを決める。それに対応する税率を適用して所得税額を算出する。一人当たりの所得税額を構成人数倍(N倍)したものをその世帯の所得税額とする。

猫研究員の社会観察記「所得税、N分N乗方式導入のすすめ-少子化対策の一環として」より

というものだそうです。

簡単のために控除を無視して課税所得に適用することにして考えることにしますと、現在の所得税率を前提とした場合、

  • 4人世帯で夫の課税所得が1,000万円、他は課税所得0の場合
    • 従来の所得税額:(1,000万円-900万円)×30%+147万円=177万円
    • 4分4乗方式による所得税額:(1,000万円/4)×10%×4=100万円
    • 減税額=177万円-100万円=77万円
  • 6人世帯で夫の課税所得が900万円、妻の課税所得が300万円の場合
    • 従来の所得税額:{(900万円-330万円)×20%+33万円}+(300万円×10%)=177万円
    • 6分6乗方式による所得税額:{(900万円+300万円)/6)}×10%×6=120万円
    • 減税額=177万円-120万円=57万円

ですから、高額所得者の場合はかなりの減税になります。しかし、元々の課税所得が最低税率やゼロの場合には意味がありません。例えば、

  • 4人世帯で夫の課税所得が320万円、他は課税所得0の場合
    • 従来の所得税額:320万円×10%=32万円
    • 4分4乗方式による所得税額:(320万円/4)×10%×4=32万円
    • 減税額=32万円-32万円=0万円

日本の場合、給与所得者の課税最低限がかなり高いこと、さらに税率がかなりフラットなことから、このような例は多いものと思われます。

さらに、世帯人数が少ない場合に専業主婦の優遇しすぎにならないかと言う疑問も湧きます。次の例で比較してみたいと思います。

  • 2人世帯で夫の課税所得が1,200万円、妻は課税所得0の場合
    • 従来の所得税額:(1,200万円-900万円)×30%+147万円=237万円
    • 2分2乗方式による所得税額:[{(1,200万円/2)-330万円}×20%+33万円]×2=174万円
    • 減税額=237万円-174万円=63万円

課税所得がこのくらいあれば、子供が居ない状態でもこんなに減税になってしまいます。逆に言うと、高額所得者が結婚しないのはけしからん、という社会の意思を表現している制度なのでしょうか?

もう一つ問題点があります。N分N乗した結果が最低税率に入ってしまったところで減税効果が頭打ちになることです。次の例をご覧ください。

  • 1人世帯で課税所得が1,500万円の場合
    • 従来の所得税額:(1,500万円-900万円)×30%+147万円=327万円
    • 1分1乗方式による所得税額:[{(1,500万円/1)-900万円}×30%+147万円]×1=327万円
    • 減税額=327万円-327万円=0万円
  • 2人世帯で課税所得が夫のみ1,500万円、他は0円の場合
    • 従来の所得税額:(1,500万円-900万円)×30%+147万円=327万円
    • 2分2乗方式による所得税額:[{(1,500万円/2)-330万円}×20%+33万円]×2=234万円
    • 減税額=327万円-234万円=93万円
  • 3人世帯で課税所得が夫のみ1,500万円、他は0円の場合
    • 従来の所得税額:(1,500万円-900万円)×30%+147万円=327万円
    • 3分3乗方式による所得税額:[{(1,500万円/3)-330万円}×20%+33万円]×3=201万円
    • 減税額=327万円-201万円=126万円
  • 5人世帯で課税所得が夫のみ1,500万円、他は0円の場合
    • 従来の所得税額:(1,500万円-900万円)×30%+147万円=327万円
    • 5分5乗方式による所得税額:(1,500万円/5)×10%×5=150万円
    • 減税額=327万円-150万円=177万円
  • 10人世帯で課税所得が夫のみ1,500万円、他は0円の場合
    • 従来の所得税額:(1,500万円-900万円)×30%+147万円=327万円
    • 10分10乗方式による所得税額:(1,500万円/10)×10%×10=150万円
    • 減税額=327万円-150万円=177万円……あれ?

細かいことを言えばこのようなあら捜しも出来てしまいますが、メリットもたくさんありそうです。一番のメリットは、各種控除を適用した時にありがちな不公平が出ないことのように思います。すでに昔の制度となりましたが、配偶者控除があって配偶者特別控除が無かった頃は、配偶者が扶養家族から抜けるかどうかの境目で段差が出来てしまい、より多く働いた人が馬鹿を見てしまう制度でした。頑張ってたくさん働いた人が損をするような制度でしたことから、当時は憤りを感じたものでした。N分N乗方式ではこのような逆転現象は原理的には起こりません。

ただし、この制度を生かすには、各種控除を最小限とし、課税最低限を低めに設定し、税率が低いところでも累進構造が出るような所得税率の設定が必要なようです。日本のように、欧州に比べて累進構造が弱く、課税最低限が高い国にはそのままでは適用できず、適用したとしても日本では課税所得が330万円を超える人にしか意味がありません。

また、もし少子化対策と言うのなら、配偶者を世帯人数に数えてしまうと片親世帯に不公平になるので、世帯人数の数え方にも工夫が居るような気がします。非婚化対策も考えるならこれでいいのかもしれませんが……。

ただ、財務省のことですから、この制度を導入すると「増減税を中立にするため」と称して所得税率そのもののアップを目論みそうな気がします。課税所得が1000万円を超える独身者は限界税率を50%くらいにされてしまいそうな気がします。そのため、実質的独身税になりそうな予感がします。

以上、世帯人数による所得税のN分N乗方式は考慮には値しますが、いざ実施された時には大きな打撃を受ける層が出てきそうです。個人的には余り歓迎したくない制度ではあります。


追記

計算間違いが多かったので21時30分に訂正、加筆しています。

追記2

結局、世帯人数によるN分N乗方式の欠点は、

  • 世帯人数が1から2になるところでの効果が最も大きい。つまり子の有無よりも配偶者の有無の方が効いて来る制度である。
  • 世帯人数が大きくなればなるほど効果が逓減する。
  • 税率がフラットだと全く効果がない。
  • 一人当たり課税所得が最低税率に入ったところで効果が頭打ちになる。

しかし、収入が多い配偶者に対するペナルティが生じない(扶養控除や配偶者控除ではこのペナルティが顕著)という利点があるので、捨てがたいアイデアです。

この制度の利点を生かすには、

  • 配偶者を0.4人、第一子を0.6人、第二子以降を1人、母子世帯や父子世帯の親を1.4人と数えるなど、世帯人数の計算方法に配慮する。
  • 最低税率の適用範囲を狭く取る。

などの方法が考えられます。

追記3

N分N乗方式が本当に生きるのは、長期間働いた人の退職所得を優遇するような用途だと思います。勤続1年の人には1分1乗、勤続2年の人には2分2乗、……、勤続N年の人にはN分N乗として分離課税すれば簡単に目的を達するように思いますが、如何でしょうか。