昔のゲームの話で恐縮だが、はてなダイアリーのid:genesisさんの2005年9月8日付のエントリーTo Heart – Remember my memoriesを読んでからつらつらと考えていたことがある。
二次創作において、原作となったゲームの世界感を壊すような描写は避けるべきものとされている。例えば、もし「To Heart」の二次創作であかりがマルチに(逆でも可)嫉妬した末に刃傷沙汰に及んだとしたら、原作の味わいは台無しになってしまうであろう。
しかし、現実には原作に書かれなかったダークな関係性を強調した二次創作は数多く存在する。「痕-きずあと-」では「To Heart」に比べてそれがかなり顕著で、耕一を殺した千鶴を楓が殺す、千鶴が楓に嫉妬して懊悩する、楓が耕一を千鶴に取られないように耕一の手足を切り落として監禁する……という具合に、ダークな二次創作がいくらでも存在した*1。
それでは、このような二次創作によって、原作の価値が損なわれたかと言うと、「痕-きずあと-」の場合にはいささかも原作の価値は損なわれていないように思えるのに対し、「To Heart」の場合は(あくまでも私的にではあるが)評価を大きく下げる結果となってしまった。
これは、「痕-きずあと-」が伝奇もので「To Heart」が学園ものだから、というジャンルの違いによるものではないと思う。「To Heart」におけるキャラクターが何となく嘘っぽく感じられ、ダークな二次創作の方により真実味が感じられたからであると思っている。「痕-きずあと-」のキャラ造形が非常に強靭なのに対し、「To Heart」のキャラ造形が非常に脆弱なのである。
TINAMIX Vol. 1.30 Leaf 高橋龍也&原田宇陀児インタビューにおいて、原作者の高橋龍也氏は、
恋愛っていうのは、実は書いてもあんまりおもしろくないんですよ。若い恋愛を書けば、男の立場から言うとイコール性欲。理由なんてないんです。それだけで終わっちゃうんで、語るドラマもなにもないんです。もしくは相手を束縛したいとか、独占欲とか、そういう方向で書くしかないんですけど。そういうのは書いてもしょうがないと思ったんです。だから『To Heart』でやりたかったのは「一緒にいて楽しい」ということなんです。性欲を抜きにしても、一緒にいて楽しい女の子を。
TINAMIX Vol. 1.30 Leaf 高橋龍也&原田宇陀児インタビュー より
と述べていて、居心地の良い空間を演出することに注力したようである。そのためにあえて負の関係性に目を背けている。しかし、それがキャラクターを脆弱にしてしまったのは否めない。二次創作でマルチに対する嫉妬に狂うあかりの方が本物らしく感じられてしまったのでは、原作に対するしらけ感を生んでしまう。
志保が「To Heart」で一番魅力的に見えるのも、負の関係性から目を背けたことによる副作用を一番受けにくいキャラだからではないだろうか。
そういう点、「痕-きずあと-」のキャラクターは実に強靭に出来ている。どんな書かれ方をしようと、お互いどういう関係で居ようと、千鶴は千鶴、楓は楓である。
そういう意味では、「WHITE ALBUM」の方が「To Heart」より評価されてしかるべきと今でも思っている。
*1 過去形としたのは公開を終了した二次創作があるため。